旧王立取引所(Royal Exchange Bank London)

1566年ロンドンに取引所が設立され、1571年に王立取引所と改称されています。以前はその名前の通りに商品の取引所として機能していましたが、現代的な設備が必要になった事に伴って、取引所機能は移転されて、現在は高級ショッピングモールとして利用されています。隣には、イングランド銀行博物館があります。

現在のロンドン証券取引所は、エリザベス女王認可の基で1967年に完成して、1972年に取引がスタートされたものです。現在の証券取引所は、231フィートの高さを誇る26階建てを誇るロンドン有数の高層ビルとなっています。

ロンドン大火記念碑

ロンドン大火(The Great Fire of London)は、1666年9月2日(日曜日)から9月5日(水曜日)まで、ロンドンを焼き尽くした大火災です。13000以上の家と87個の教会など市の主要なものをほとんど焼き尽くしました。しかし、災害の規模の大きさと異なって、幸運な事に死者は数名にとどまったと記録されています。しかし、これは貧しい人や中流階級が死者としてカウントされなかったからという説もあり、はっきりとした死者の数は分かっていません。

ロンドン大火の場所としては、St. Paul's Cathedralを中心としたTower of Londonの西側であるとされています。当時は、Tower of Londonから西側に町を囲むように城壁があり、ロンドン大火ではこの城壁の内部がほとんど焼けてしまっています。当時は木製の家屋が大半であり、この事が火災が広がる原因となったと考えられています。ロンドンには当時50万人ほどの人が住んでいたと考えられていますが、ロンドン大火では、そのうち7-8万人の人が家を失ったとされています。

ロンドン橋(London Bridge)

ロンドン橋(London Bridge)は、ロンドンを流れるテムズ川にかかる橋で、タワーブリッジとキャノン・ストリート鉄道橋の間に位置しています。見た目は何とも無い橋ですが、歴史的にここにずっと「ロンドン橋」として橋がかかっていた事から世界的にも有名です。

ロンドン橋落ちた(London Bridge is falling down)という民謡にもなっているほど頻繁に流されたり、落ちたり、嵐で破壊されたりした事で有名です。ナーサリー・ライムズ (Nursery Rhymes)という英国のおとぎ話の中で作者の特定出来ない民謡マザー・グース(Mother Goose)の中で特に有名なものが「ロンドン橋落ちた」です。

ゴールデン・ハインド号

1577年に建造され、当初はペリカンという名がついていた。フランシス・ドレークの乗艦となり、世界周航を行った際に出資者であるクリストファー・ハットン卿の紋章にちなんでゴールデン・ハインドと改名された。世界周航の際にはスペインの貨物船を襲撃して相当の財宝を強奪しており、出資者には相応の配当が渡された。

シェークスピア・グローブ座

劇場で演劇などの演目を見る事ができますが、ほとんどの演目が売り切れてしまうので、事前予約をしておくべきでしょう。劇場を案内付きで一周するツアーなどもあります。しかし、当然のように全て英語で行われますので、英語が出来ないとあまり面白くないかもしれません。
 
詳細は、ホームページの方にも掲載されているので、訪問したい方は、先にホームページで調べてから行くことをお勧めします。
 
シェークスピア・グローブ座

テート・モダン

テート・モダンは、もともと火力発電所として利用されていた建物を内部をリフォームして現代美術館として再オーぽうんしたものです。1900年から今日までの国際的な現代美術を展示しています。ロンドンの代表的な美術館の1つとなっています。
 
かなり有名な画家の作品も展示されていて、ピカソ (Picasso) 、ウォーホール (Warhol) 、ダリ (Dalí) などがあり、常設コレクションへの入館は無料ですまた、美術館はそのときどきの展覧会も催し、主な現代美術者や美術活動の作品を展示しています。
 
開館時間
日曜日~木曜日 10:00~18:00
金曜日と土曜日 10:00~22:00
休館日:12月24日、25日、26日
 
ウェブサイト

ミレニアム・ブリッジ

2000年6月にイギリスだけでなく世界的にも著名な建築家のノーマン・フォスターがコンペで優勝した作品である「ミレニアムブリッジ」がオープンされました。しかし、実際にオープンして多くの人が通行してみると、激しい横揺れが起こって僅か3日で閉鎖される事になりました。
 
閉鎖されてから2週間を経た6月中旬頃に東大の藤野陽三教授にArupという世界有数の設計コンサルタントの技術開発部長のマイクさんという電話が入りました。横揺れの専門家である藤野陽三先生の論文(1990年の日本の事例を1993年にイギリスの論文で紹介)を見て、1999年に開通したパリの歩道橋でもアドバイザーをした藤野先生の意見を聞きたいという事でした。7月に1度様子を見るために訪問して、現地の担当者と意見を交わします。
 
それから9月には、日本の石川島播磨重工(IHI)のエンジニアの方と2人で再びロンドンに入っています。先生の言葉は印象的で「テクニカルな議論の場では,ポスト上での上下は全く関係なく,若い人も年上の人も対等に議論していたことでした.若い人が伸び伸びとしているとの印象も持ちました」という事です。

セント・ポールズ大聖堂

ロンドンに2002年に掛けられたミレミアムブリッジの延長戦所運いあるのがこの「セント・ポールズ大聖堂」です。1981年にチャールズ王太子とダイアナ元妃の結婚式が行われた場所としても知られています。周囲に障害物があるので写真では大きさが分かりづらいのですが、全長157m、幅76m、ドームの直径34m、高さ111mと非常に巨大な建築となっています。正面のコリント式列柱は下段に12本,上段に8本並んでいる。そして正面の三角屋根のてっぺんには、右手に剣を持つ聖パウロ像が立っています。
 
現在の建築は、1666年のロンドン大火の後で1710年に建築家クリストファー・レンにより再建されたバロック建築です。レンはグリニッジ王立天文台など多くの建築物を残した偉業で知られていますが、彼の建築は手が込んでおり、存命中に完成を見たのはこのセントポールズ大聖堂のみだったという話もあります。
 
しかし、このセント・ポール大聖堂の建築も20年以上の歳月を要しており、1666年ロンドン大火災の時のレンは34歳でしたが、1708年にセント・ポール大聖堂のドームが完成したときは76歳になっていたという事です。最後の石がドーム頂上に置かれるところを宙づりバスケットから息子と一緒に見守ったと言われています。

クイーンズ・ギャラリー

バッキンガム宮殿のクイーンズ・ギャラリーは、国民に代わり女王に委託された幅広い芸術品・宝物の蒐集である王室コレクションを、入れ替えで展示するために常設された展示館です。王室に貢献すべく入場料をしっかりと支払って、王室のコレクションを見て、 英国と王室の歴史の一部を見る事が出来ます。
 
<入場料> 
大人 £9.00
60歳以上/学生(要証明書)£8.20
17歳未満 £4.50
5歳未満 無料
家族(大人2人と17歳未満3人)£22.50
 
一度このチケットを購入されると、最初の訪問時に登録されてから1年間入場無制限となっていますが、何度も見に行くほど価値があるとも思えません。なお、15人以上のグループには団体割引が適用されます。
 
<開館時間>
毎日開館10:00~17:30(最終入場16:30)
2011年8月1日~9月25日, 09:30~17:30(最終入場16:30)
クイーンズ・ギャラリーは時間制の入場チケットを発行しており、1日を通して15分置きに入場出来ます。

クイーン・ビクトリア記念碑

クイーン・ビクトリア記念碑は、バッキンガム宮殿の前にある記念碑です。イギリスが最も繁栄した黄金時代とされていて、彼女が在位していた1837年から1901年頃までの時代をヴィクトリア朝とも呼ばれています。このビクトリア女王(1819年5月24日-1901年1月22日)の記念碑となっています。

このヴィクトリア女王の時期にイギリスは、、1623年のアンボイナ事件以降に開始していたイギリス東インド会社を使ってのインド支配を拡大して、1857年から1859年に起こったインド大反乱を鎮圧して、インドを完全制圧と植民地化を行うに至りました。ヴィクトリア女王が初代インド女帝(在位:1877年1月1日 - 1901年1月22日)となっています。

バッキンガム宮殿は1762年にバッキンガム公爵の邸宅を王家が買い取ったもので、その後莫大な費用をかけて造改築がなされたそうです。現在の姿となったのが1912年であるとされています。

バッキンガム宮殿

バッキンガム宮殿(Buckingham Palace)は、イギリスのロンドンにある宮殿で、イギリスの国王(または女王)が住む宮殿となっています。 1703年に、バッキンガム公ジョン・シェフィールドが自らの邸宅として桑畑を購入して建てたバッキンガムハウス(Buckingham House)が起源とされています。1761年からジョージ3世が譲り受けて、王妃シャーロッティと子供たちが住むようになってから”女王の館”として知られるようになりました。

ジョージ4世は、1825年から建築家ジョン・ナッシュに命じて煙瓦造りだったバッキンガムハウスを12年かけて全面改築に着手しました。それまでルネッサンス様式となっていた建物をネオクラシック様式に改装しました。1837年にQueen Victoria即位の際にセント・ジェームズ宮殿から移り住んでからは、イギリス王室の公式の宮殿として利用されています。

現存する建築のほとんどは、19世紀の末から20世紀初頭にかけて作られたものです。 宮殿の礼拝堂部分は、第二次世界大戦のドイツによる爆撃によって破壊されて、そこに1962年に王室のコレクションを展示したQueen's Galleryが開設されています。

セント・ジェームズ・パーク

セント・ジェームズ・パーク(St James's Park)は、バッキンガム宮殿 (Buckingham Palace)の目の前に広がっている公園です。公園の中心には橋(The bule bridge)がかかっており、そこからバッキングハム宮殿も見ることが出来ます。小さなレストランと、食べ歩ける軽食や飲み物を販売しているお店もあります。

バッキングハム宮殿の反対側では、毎日2時半から3時頃に管理人がペリカンに餌をあげる場面が見られます。 公園の前にあるThe mallという綺麗に整備された通りは、女王のセレモニーのルートになっていて、現在ではロンドンマラソンのゴールともなっている場所です。バッキンガム宮殿からこの通りを歩いている途中で、公園に入って散策してみるのが良いルートだと思います。

バンケティング・ハウス

バンケティング・ハウス(Banqueting House)とはテューダー、初期ステュアート王朝時代に建設されたイングランドの邸宅において、本邸からは庭園を挟んではなれた場所に建設された建物の事です。晩餐会や舞踏会などの娯楽の為のみに用いられます。過剰な装飾をこらしたり、寝室や厨房を設けないなどして本邸と差別化することが多かったと言われています。

ホワイトホール宮殿のバンケティング・ハウス(Banqueting House at Whitehall)は歴史上最も著明なバンケティング・ハウスとされています。単にバンケティング・ハウスと称してこの建物を指すこともあるほどバンケティング・ハウスの代表的な建造物です。1619年に建築家イニゴー・ジョーンズとその甥ジョン・ウェッブにより設計され1622年に完成しとされています。当時のホワイトホール宮殿一角の西側、現在のホース・ガーズ付近に建設されました。1649年にはチャールズ1世が建物前で公開処刑されています。

パーラメント・スクエア

パーラメント・スクエアは、ウェストミンスター寺院(イギリス国会議事堂)が目の前に見える場所に位置している、芝生に覆われた四角い広場です。このパーラメント・スクエア公園内には、首相経験者の銅像が並んでいて、世界でも有名な第二次世界大戦でイギリスを率いたチャーチル像も立っています。

この広場は、国会議事堂を手がけた建築家のチャールズ・バリー(Charles Barry,1795-1860)によって手を加えられているので、ウェストミンスターとも調和した広場となっています。

ウェストミンスター寺院

ウェストミンスター寺院(Westminster Abbey)は、イギリスのロンドンウエストミンスターにあるイギリス国教会の教会で、世界遺産(1987年)にも登録されています。イングランド王の戴冠式など王室行事が執り行われ、内部の壁と床には歴代の王や女王、政治家などが多数埋葬されています。しかし、墓地としては既に満杯状態であり、新たに埋葬するスペースは既に無いとされています。

11世紀にエドワード懺悔王(Edward the Confessor)が建設して、1066年以降は英国国王の戴冠式が行われている場所です。1245年にヘンリー3世が再建を決めて、フランスの建築家を招いて、フランスのゴシック建築にならって現在の寺院を建て始めたゴシック建築が特徴的です。

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