高妻山


高妻山(たかつまやま)は、新潟県妙高市と長野県長野市に跨る標高2,353mの山。戸隠連峰の最高峰で戸隠裏山の一峰。日本百名山のひとつ。別名「戸隠富士」。 主な登山ルート 戸隠キャンプ場から一不動避難小屋を経て山頂へ至るルートがあり、昭文社発行の『山と高原地図 18.妙高・戸隠・雨飾』の設定コースタイムでは麓から山頂までは4時間以上の行程である。なお、戸隠山へも縦走路が延びている。 2001年10月、戸隠キャンプ場から五地藏山へ至る尾根を経路とする新たな登山道(弥勒尾根新道)が整備され、戸隠キャンプ場から一不動避難小屋を経由せず五地藏山を経て高妻山へ至るルートをとることも可能になった。この登山道は、従来の一不動経由の登山道に比べて危険箇所が少なく、山頂までの所要時間も短縮することができる。 周辺にある避難小屋 一不動避難小屋(無人) 平常時の宿泊用ではなく、緊急用の避難小屋と位置づけられている 三角点 江戸期以前に認識されていたピーク(頂上部)と、2011年時点における国土地理院地形図の高妻山・乙妻山・両界山の名称とピーク(頂上部)は相違しているとされる。

関連記事


日本百名山

大菩薩嶺(だいぼさつれい)は、山梨県甲州市と北都留郡丹波山村に跨る標高2,057 mの山である。 奥秩父山塊に位置し、大菩薩連嶺の主脈を構成している。日本百名山の一つに選ばれている。 深田久弥や木暮理太郎などは、その著書に大菩薩岳(だいぼさつだけ)と表記している。 名称の由来は、源義光(新羅三郎義光)が後三年の役の際に軍神の加護を願い「八幡大菩薩」と唱えたこと、また、観音菩薩が祀られていること、などのいわれがある。 登山 大菩薩嶺山頂は樹林帯のため眺望はない。そのため眺めのよい大菩薩峠も目指すことが多い。 コース 裂石 - 上日川峠 - 大菩薩嶺(登り約4時間、下り約3時間)上日川峠に無料駐車場があり、マイカーまたはタクシー、季節限定バスで入ることができる。 裂石 - 丸川峠 - 大菩薩嶺(登り約4時間、下り約2時間30分) 小菅 - 牛ノ寝通り - 榧ノ尾山 - 石丸峠 - 大菩薩峠 - 大菩薩嶺(登り7時間、下り約5時間30分) 山小屋 富士見山荘 介山荘 福ちゃん荘 ロッヂ長兵衛 画像 周辺の山など 鶏冠山 (1,716 m) 柳沢峠 (1,472 m) 柳沢ノ頭 (1,671 m) 妙見ノ頭 (1,980 m) 大菩薩峠 (1,897 m) 小金沢山 (2,014 m) 関連項目 国中地方 郡内地方 外部リンク 大菩薩観光協会。

磐梯山(ばんだいさん)は福島県耶麻郡猪苗代町、磐梯町、北塩原村にまたがる山である。会津富士(あいづふじ)、会津磐梯山(あいづばんだいさん)とも呼ばれている。日本百名山に選定されており、福島県のシンボルの一つとされている。 猪苗代湖の北にそびえる活火山(成層火山)で、標高は1904年(明治37年)に設置された三角点「磐梯」の1,818.61mを公式に用いていたが、同点が侵食されて消失したため2010年(平成22年)10月に同じ場所に新設して計測し直し、同年12月27日に1,816.29mに改められた。広義的には、主峰磐梯山のほか、赤埴山(1,430m)、櫛ヶ峰(1,636m)を含めて「磐梯山」ともしている。磐梯高原を含めて磐梯朝日国立公園に属する。 元は『いわはしやま』と読み、『天に掛かる岩の梯子』を意味する。磐梯山の麓は南が表磐梯、北が裏磐梯と呼ばれる。表磐梯から見る山体は整った形をしているように見えるが、裏磐梯から見ると、一変して山体崩壊の跡の荒々しい姿を見せる。

利尻山(りしりざん)は、北海道の利尻島に位置する独立峰で標高1,721m。利尻町、利尻富士町の2町にまたがる成層火山で、利尻礼文サロベツ国立公園内の山域は特別区域に指定され、日本百名山、新日本百名山、花の百名山及び新・花の百名山に選定されている。 国土地理院では利尻山(りしりざん)という名称がつけられているほか、「利尻岳」、「利尻富士」、「利尻火山」とも呼ばれる。高山植物が生息し、夏季は多くの登山客が訪れる。 約20万年前から活動を行い、約4万年前頃に現在の形に近い物となった。南山麓で8千~2千年前以前に起きた噴火でマールやスコリア丘を形成して以降、活動を休止し火山活動を示す兆候は無い。活動を休止してからの期間が長いため、山頂部を中心に侵食が著しく進み、火口などの顕著な火山地形は失われている。従って、火山の内部構造を観察できる。 甘露泉水 甘露泉水(かんろせんすい)は、利尻登山道の一つの鴛泊コース3合目付近に湧き出る湧水である。水温は通年約5.5度で1985年(昭和60年)環境省により、日本最北端の名水百選に選定された。

『会津駒ヶ岳』より : 会津駒ヶ岳(あいづこまがだけ)は、福島県南会津郡檜枝岐村にある標高2,133mの山である。日本百名山の一つ。一等三角点「岩駒ケ岳」(標高2,132.4m)設置。 会津駒(あいづこま)の略称で親しまれている。単に「駒ヶ岳」と呼ばれることも多い。 頂上とその稜線は草原のようになっており、木道の敷設されている場所もある。山頂から北北西の中門岳方面への稜線には池塘が多く、高山植物が多い。 冬季には山スキーのメッカとなる。 2007年(平成19年)8月30日、尾瀬国立公園の一部として新たに国立公園に指定された。 残雪期に駒の形に見える雪形の現れることが「駒ヶ岳」という山名の由来とされる。江戸時代の文化年間に編纂された『新編会津風土記』では、「駒嶽 夏秋ノ間残雪駒ノ形ヲナス処アリ、故に此名アリ」とある。 古くから信仰の対象の山であり、檜枝岐村、南会津町伊南地域には駒嶽神社がある。 アプローチ 滝沢登山口 檜枝岐村内の国道352号から林道に分岐し、林道を約1.9kmで登山口駐車場。

『羊蹄山』より : 羊蹄山(ようていざん)は、北海道後志地方南部(胆振国北西部)にある、標高1,898mの成層火山である。後方羊蹄山(しりべしやま)として、日本百名山に選定されている。 羊蹄山は円錐形の成層火山で、2003年(平成15年)に気象庁により活火山に指定された。山頂には直径700m、深さ200mの火口(父釜)があり、西北西斜面にも側火口(母釜、子釜)を持つ。支笏洞爺国立公園に属し、山頂は倶知安町・喜茂別町・京極町・真狩村・ニセコ町の境をなしている。 一等三角点(点名「真狩岳」)の旧山頂が1,892.7m、三等三角点(点名「雲泉」)の北山が1,843.7mである。 山腹にはキタキツネ、エゾクロテン、エゾリス、エゾシマリス、エゾモモンガ、エゾユキウサギなどの哺乳類が生息しており、130種類以上の野鳥がいることも確認されている。 また、名水の地としても知られ、周囲には無料で利用できる水汲み場が数か所ある。 山名 富士山によく似たその整った姿から、郷土富士として蝦夷富士(えぞふじ)とも称される。

常念岳(じょうねんだけ)は、飛騨山脈(北アルプス)南部の常念山脈にある標高2,857 mの山である。山体すべてが長野県に属し、松本市と安曇野市にまたがる。常念山脈の主峰。日本百名山のひとつ。 安曇野からは全容が望め、ピラミッド型のその端正な山容は一目瞭然ですぐ見つけられる。常念岳のこの印象的な形状は東に隣接する前常念岳の峰が重なって見える安曇野市豊科以南から眺める場合で、安曇野市穂高以北になるとそれぞれの峰が独立して見えるためまた印象が違って見える。なお、安曇野から眺められる北アルプスは、常念山脈が主役で、穂高岳、槍ヶ岳といった山々は、常念岳、蝶ヶ岳、大滝山といった前衛の常念山脈に隠れ、場所によってその間から顔を出す程度である。安曇野のシンボルであり、長野県立こども病院のマークにも使われている。常念岳の北側の山体は花崗岩質からなり、南側の不変成古生層と大きく異なる境界となっている。東側の山腹には常念岳断層が確認されている。高山帯の山頂部には花崗岩の岩塊が積み重なっている。 常念坊と山名の由来 古くは乗鞍岳と呼ばれていた。

大峰山(おおみねさん)は奈良県の南部にある山。現在では広義には大峰山脈を、狭義には山上ヶ岳(さんじょうがたけ)をさしていう。歴史的には、大峰山は大峰山脈のうち山上ヶ岳の南にある小篠(おざさ)から熊野までの峰々をさす。対して小篠から山上ヶ岳を含み尾根沿いに吉野川河岸までを金峰山という。 この一帯は1936年(昭和11年)、吉野熊野国立公園に指定され、さらに2004年(平成16年)7月、ユネスコの世界遺産に「紀伊山地の霊場と参詣道」の文化的景観を示す主要な構成要素として史跡「大峯山寺」、史跡「大峯奥駈道」ほかが登録された。 吉野から熊野に至る大峯奥駈道は、古来よりの自然信仰と渾然一体となった渡来の神仙思想や道教や仏教の修行のために、藤原や平城の都からこの地を訪れた僧侶(修験者)によって切り開かれたことに始まった。熊野修験が勢力を伸ばす中で長久年間(1040年 - 1044年)に修験者(義叡、長円)により熊野から吉野までの大峯奥駈道が体系付けられた。

美ヶ原(うつくしがはら)は、八ヶ岳中信高原国定公園北西部にあり、長野県松本市、上田市、小県郡長和町にまたがる高原。日本百名山の一つ。 フォッサマグナ西縁近くに噴出した第四紀の火山である。 かつては楯状火山とその溶岩台地と考えられてきたが、現在は安山岩質の組成を持つ火山の浸食地形と解釈されるようになった。最高峰は、王ヶ頭(2,034m)。他に、王ヶ鼻(2,008m)、茶臼山(2,006m)、牛伏山(1,990m)、鹿伏山(1,977m)、武石峰(1,973m)といったピークがある。山頂付近は平坦な台地状の地形で、美ヶ原牧場と呼ばれる牛の放牧地となっている。 長野県のほぼ中央に位置し、県内の広範囲を見渡す事ができる。このことから各種、放送・通信の要衝となっている。 開発の歴史 古来、松本周辺の人々によって東山または王ヶ鼻と呼称されてきた。 美ヶ原という呼称について、文献上の初見は『信府統記』であるとされる。定着したのは、1921年(大正10年)に木暮理太郎が、日本山岳会の会報『山岳』に登山の記録を載せてからである。

立山(たてやま)は日本の飛騨山脈(北アルプス)北部、立山連峰の主峰で、中部山岳国立公園を代表する山の一つである。雄山(おやま、標高3,003 m)、大汝山(おおなんじやま、標高3,015 m)、富士ノ折立(ふじのおりたて、標高2,999 m)の3つの峰の総称である。雄山のみを指して立山ということもあるが、厳密には立山連峰に立山と称する単独峰は存在しない。剱岳とならび、日本では数少ない、氷河の現存する山である。 「立山」は単なる地理的な名称ではなく、室堂や地獄谷、弥陀ヶ原、立山カルデラという立山一体を含んだ地理的な広がりと、立山信仰や遥拝登山など精神的な広がりを含んだ複合的な意味を持っている。雄山・浄土山・別山を「立山三山」と呼び、その周辺の山々と合わせて狭義の「立山連峰」ということがある。広義で「立山連峰」という場合は僧ヶ岳から黒部五郎岳の辺りまでを呼ぶこともある。古くは、三俣蓮華岳から猫又山に至るまでを立山七十二峰と呼んだという。これとは別に立山火山がある。室堂山、浄土山、国見岳辺りを最高地点としている。かつて山体は立山カルデラにあり、元の立山火山の山頂部は侵食で喪失している。

開聞岳(かいもんだけ)は、鹿児島県の薩摩半島の南端に位置する標高924mの火山。1964年(昭和39年)3月16日に、霧島屋久国立公園に指定された 。日本百名山、新日本百名山及び九州百名山に選定されている。山麓の北東半分は陸地に、南西半分は海に面しており、見事な円錐形の山容から別名薩摩富士とも言う。所在地は鹿児島県指宿市。 4,000年前頃活動を開始し、有史以降の噴火記録は6世紀ごろからあり、貞観16年3月4日(ユリウス暦874年3月25日)と仁和元年(885年)7月・8月に大噴火を起こした。このとき、山頂に溶岩円頂丘が噴出し、現在の二段式の山容となった。山体は主に粘性の少ない玄武岩だが山頂付近の溶岩ドームは安山岩でできている。 7世紀末頃の噴火による噴出物の堆積層は青コラ、9世紀末頃のそれは紫コラと呼ばれており、薩摩半島南部で広く見られる地層である。噴火の年代が分かっているので、発掘対象の遺跡の遺物がこれらの地層の上下どちらから出てくるかで、この時代の生活の変化などを知る重要な手がかりとなっている。

関連記事

アマゾン